OUR JOURNEY

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第4章

ITの潮流に乗れ!
未来を拓く「マイナビ」ブランド発動

1990年代前半からアメリカを中心にインターネット関連銘柄が急騰を続けた、いわゆるITバブルも、2000年代初頭に崩壊。その一方でこの時期、「IT革命」という言葉が流行するほど情報技術の進化は人々の生活に大きな変革をもたらし、ネットワークの高速化や大容量化、様々なツールのデジタル化・モバイル化が飛躍的に進んだ。

毎日コミュニケーションズも2000年、インターネット戦略を担うIT事業本部を設立し、時代の潮流に乗った事業に積極的に取り組み始める。次々とリリースするサービスの中には、当時としては画期的だった自然文によるホームページ検索サービス「Gatcha」や、メール・WEB複合メディア「Rash@」など、大きな期待が寄せられながらも早々と撤退を余儀なくされるものもあった。

ただし、果敢な事業の高度化・多角化は未来につながるシーズも着実に生み出していく。中でも、「毎日キャリアナビ」(後の「マイナビ転職」)、「毎日キャリアバンク」リリース(後の「マイナビエージェント」)などの誕生で、人材リソース関連事業のすそ野を急速に広げていった。2000年代後半にはアルバイト情報事業にも進出する。

ほかにも、学生向けに「就活スタイルブック」「freshers」、新社会人には「escala」「COBS」などの各種情報誌を宅配型フリーペーパーとWEBのハイブリッドでサービス提供するなど新事業にチャレンジしていった。のちのWEBを中心としたコンテンツメディア事業の礎となったサービスも生まれている。

WEBでの事業展開に注力する一方で、リアルの世界での地道な活動も怠らなかった。2000年2月、新卒学生向けの大型イベントを大阪城ホールで開催。合同企業説明会といえばこれまでは数十社の参加企業、動員学生は数百名だったが、来場者約1万人という画期的なイベントを成功させた。

また、全国津々浦々の大学を担当者が行脚し、学生に対し就職相談会やアドバイスを行うキャリアサポート課を数倍に増員。草の根運動によって、毎日コミュニケーションズの存在感を着実に高め、業界にて確固たる地位を築いていった。

そして2007年、大きな決断を行う。人材情報ポータルサービスを「マイナビ」にブランドを統一。「人生の波がマイナビとの出会いによって上向く」ことを表現したロゴ「マイナビWAVE」もこの時に誕生した。ブランド統一の背景には、旺盛な事業の多角化があった。学生向けの情報提供であれば、説明会や大学回りでの直接的なアプローチにより毎日コミュニケーションズの名前を浸透させることはできる。ただし、転職や人材紹介、アルバイトなどの情報を流布するにはマス広告が威力を発揮し、その際、すべてのサービス名称を短くわかりやすいブランド名で統一することによって相乗効果を生み出せると考えた。しかし、ブランド統一は容易いプロジェクトだったわけではない。「ブランドとは何か」「マイナビとは何か」。合宿や会議を何度も重ね、社内の理解・浸透を深めていった。

社長の中川信行は、年頭の挨拶で「本番はこれから。『マイナビ』ブランドの確立に全力を挙げます。いよいよマイナビイヤーの始まりです。今までとは規模の違う取組になります。さらに大きく前進しましょう!」と全社員に号令をかけた。その勢いのままに、広報・広告の展開を一段と強化し、「マイナビ」のブランド価値を一気に高めていった。

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