第5章
リーマンショックに抗う風を
未来を拓く力に
人材情報ポータルサービスを「マイナビ」ブランドに統一した翌年、2008年11月にブランド名を初めて冠した男子プロゴルフの「マイナビABCゴルフトーナメント」にスポンサードした。毎日コミュニケーションズは、ブランド統一事業を「第二の創業期」と位置づけていた。その幕開けに、ゴルフトーナメントをスポンサードしたのだ。
その想い応えるように、同大会はプロ転向後ツアー初優勝を狙う17歳の若手ゴルファーが快進撃を見せ、世間が熱く注目。そして最終日、同選手は見事にプロとして史上最年少でのツアー初優勝を決めた。日本中のメディアが同大会を一斉に報道し、「マイナビ」の名前も世の中へ拡散した。
ブランド戦略は幸先のよいスタートを切ったものの、その出鼻をくじくように、同年の秋、世界的な大不況が起こる。アメリカの投資銀行、リーマン・ブラザーズ・ホールディングスの経営破綻に端を発する「リーマンショック」である。
毎日コミュニケーションズも大きな打撃を受けた。アルバイトや転職の部門はすぐに動きが止まり、すでに翌年の採用活動が終わっていた新卒部門も2009年に入ると売上が激減。自社は例年通り積極的に新卒採用を行ったので、人はたくさんいるけれど、仕事がない、売上も上がらない。ようやく景気の底が見えたと思っても、そこからさらに落ちていく。いったいこの苦境がいつまで続くのか、出口の見えない不安と戦う毎日だった。
しかし経営陣は、景気の落ち込み方が急激だっただけにV字回復もあると見ていた。雇用を維持しながら、広報・広告施策の勢いはそのままに、景気が回復したら世間の追い風に乗って一気に前へ進もうと、ヨットで例えるなら帆を張ったままにしておいた。
もちろん、風が吹いてくれるのをただ待っていただけではない。自分たちの手で風を呼び起こそうと、景況に関わらず人材の需要が多い医療、介護、保育など専門性の高い領域に人的リソースを投入。特定分野で高いシェアを誇る、いわゆるカテゴリーキラーを目指すという作戦だ。また教育研修領域にも注力する。リーマンショックをきっかけに、後に花が咲く事業が芽生えていったのである。
そして2011年10月、毎日コミュニケーションズは、未来へ向けて大きな一手を打って出る。社名を「株式会社マイナビ」に変更したのだ。創業から40年、社名変更は初の決断で、マイナビの歴史の中で大きなターニングポイントになる。人材情報サービスを「マイナビ」に統一したことや、積極的な広報によりすでに「マイナビ」というサービス名称は一定の認知度があり、「毎日コミュニケーションズ」という社名よりもブランド名を認知する人は多かった。わかりやすく、かつ効果的に自社の存在を社会にアピールできると考えての英断だった。その後、グループ会社名や人材情報以外のサービス名も「マイナビ」ブランドに統一。トータルブランドの構築を図ることで、未来を切り拓いていく力をより強化していった。